「メタボリックシンドローム」の歴史と診断基準 |
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| はじめに 21世紀に入り日本の人口構成が少子化、高齢化という重要な課題に直面し、厚生労働省は「21世紀の国民健康づくり運動」、健康増進法などの将来を見据えた政策を展開してきた。さらに最近の健康に関する政策的方向性は経済効率を考慮し、65歳未満の人々にはメタボリックシンドロームに目標を絞り込み、動脈硬化の予防に努め、心疾患と脳血管疾患の発症ないしは死亡率を減少させ、ひいては平均寿命の延長に結びつけることを期待している。他方、悪性疾患にたいしては早期発見、早期治療の方針に変わりはないが、その有効性などの検討により、国家、地方財政面での医療経済効率が重要視されるようになった。65歳以上の国民には元気な老後を迎えるための介護予防の施策が実行されつつある。 このような背景において、定期健康診断は受診するばかりでなく、個々人がその結果を有効に活用し、すなわち受診者が健診結果の内容をよく理解し、自覚のうえに生活習慣に注意を払い、異常があれば早期に是正ないしは治療することが期待されている。 最近の日本人は身体的にも精神的にも欧米化の傾向が強く、現在、悪性新生物と心疾患が増加し、脳血管疾患は減少して、死因からみた疾病構造は欧米型に移行していると言える。これは長い人類の進化の過程において、わずか50年程度で遺伝的体質を大きく変えたとは考えがたく、環境要因、すなわち生活習慣因子と外部環境因子により、日本人の疾病構造が変化してきていると考えるのが自然である。 主要死因である狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患と、脳血管疾患すなわち脳梗塞や脳出血など動脈硬化関連疾患をいかにして減少させるかを課題とした研究が国内外で多数報告されている。この研究の基盤には長期に渡る多くの疫学調査が貢献している。当初は心臓や脳の血管疾患とその関連する因子を単独に調査して解析が行われていた。しかし、知見が蓄えられるに従い、LDL(悪玉)コレステロールは動脈硬化の独立した因子であり、その他に複数の危険因子の集積、すなわちメタボリックシンドロームと名付けた疾患概念が重要であるとの考えに至った。 これまでの研究の概略を辿ってみることは、現在話題となっているメタボリックシンドロームを理解する上で意義があることと考え要約をしてみることにした。 疫学調査 以前より欧米では死因第一位の虚血性心疾患による死亡を減少させることに関心があった。最も信頼性があるのは1949年にマサチューセッツ州の住民を対象として開始された大規模なフラミンガム研究 (Framingham Offspring Study)である。1960年、喫煙と心疾患リスク、1961年、コレステロール、血圧、心電図異常と心疾患リスク、1967年、運動、肥満と心疾患リスク、1970年、高血圧と脳卒中リスク、1976年、閉経と心疾患リスク、1978年、心理社会的因子と心疾患リスク、1988年、HDLコレステロールと死亡リスク、1994年、左心拡大と脳卒中のリスク、1997には喫煙と高コレステロールが動脈硬化のリスクであるなどの多岐にわたる報告がなされ、現在も研究が進行中である(文献1)。 一方、本邦においては、1961年より開始した九州大学第二内科の福岡県久山町住民を対象とした脳、虚血性心疾患の病因の調査研究、1977年に開始した札幌医大第二内科による北海道、端野・壮瞥町の地域住民を対象とした虚血性心疾患死亡と動脈硬化の危険因子の疫学調査が代表的である。その他にも多数の研究が国内外で報告されている。 メタボリックシンドロームが提唱されるまでの歴史的背景 現在では動脈硬化は単独の因子により生じるのではなく、危険因子の重複により発症すると理解されている。このような考えは1980年代から提唱され、その時代的な経緯をまとめると以下のようになる。 @)「シンドロームX」(Syndrome X):Reaven(1988年): 先駆的発表と見なされ、糖尿病や耐糖能障害を基本に考慮されている。高血圧、高中性脂肪血症、低HDLコレステロール血症、高インスリン血症の因子が重複すると冠動脈疾患になりやすいと発表した。すでに確立した動脈硬化のリスクであるLDLコレステロールが含まれていないことが特徴的である。 A)「死の四重奏」(Deadly Quartet):Kaplan(1989年): 肥満を基礎に冠動脈疾患が発症し易いことに注目し、耐糖能異常、高中性脂肪、高血圧、上半身肥満を満たした状態を「死の四重奏」と定義し、単純化された形で冠動脈疾患の危険因子群を定義した。 B)「インスリン抵抗性症候群」(Syndrome of insulin resistance):DeFronzo (1991年): 2型糖尿病の病因であるインスリン抵抗性を基盤に危険因子が重複する状態を中心として動脈硬化の危険因子群を発表した。 C)「内蔵脂肪症候群」(Visceral fat syndrome):松沢、徳永(1992年): 腹腔内に集積された内臓脂肪型肥満の病的な意味を明確にして、他の危険因子が加わると高率に虚血性心疾患を発症すると唱え、CTスキャンを用いて臍部の内蔵脂肪を計測して内臓肥満の定量化を行った。 これらの定義はいずれも冠動脈疾患の病因を探るために複数の危険因子群を抽出した考えであり、それらを要約すると表1の如くになる。 表1 「マルチプルリスクファクター症候群」の定義
このような過程を経て複合危険因子による動脈硬化疾患を説明する試みがなされてきたが、定義が微妙に異なり混乱を生じるため、これらを纏めて「マルチプルリスクファクター症候群」(Multiple risk factor syndrome)と呼ぶようになった。 その後、数値基準を定めて、一つの疾患概念としての「メタボリックシンドローム」の診断基準が出現することになった。 D)WHOによるメタボリックシンドロームの診断基準(1999 年) 2型糖尿病、耐糖能障害、空腹時高血糖、インスリン抵抗性のいずれかがあり、さらに1)内蔵脂肪: ウエスト/ヒップ比、>0.9(男性)、>0.85(女性)またはBMI30以上、2)脂質代謝異常:中性脂肪150mg/dl以上またはHDLコレステロール、男性35mg/dl未満、女性39mg/dl未満、3)高血圧:140/90mmHg以上か降圧剤内服中、4)微量蛋白尿:尿中アルブミン排泄率20μg/min以上か尿中アルブミン/クレアチニン比30mg/g.Cr以上、の4項目中、2項目以上を満たす場合を、初めて「メタボリックシンドローム」と名付け、2型糖尿病の早期発見を目的とした診断基準として提案された。 E)NCEP-ATPV(National Cholesterol Education Program Adult Treatment Panel V (ATPV) の診断基準(2001年) 米国の脂質関連の研究者が中心となり、冠動脈疾患を発症し易い独立したひとつの疾患としてWHOとは異なった形のメタボリックシンドロームが提案され、表2の診断基準が世界的に最も多く用いられるようになった(文献2)。 すなわち、1)腹囲:腹部肥満すなわち内臓脂肪の評価としてBMI(Body Mass Index)が30以上に相当する腹囲、2)空腹時HDLコレステロール、3)空腹時中性脂肪 、4)血圧、5)インスリン抵抗性の指標として空腹時血糖の5項目を設定し、このうち3項目以上を満たす場合を虚血性心疾患の危険因子の集積群としてのメタボリックシンドロームと定義した。 表2 NCEP-ATPVのメタボリックシンドロームの診断基準
WHOとNCEP-ATPVとの違いは前者が2型糖尿病の早期発見に重点を置き、尿中微量蛋白を診断基準に取り入れている点にある。 F)IDF(International Diabetes Federation)の診断基準(2005年) 2005年には国際糖尿病連合(IDF)の基準が発表されたが、NCEP-ATPVとかなり類似している。異なるのは腹囲を人種別に規定し、血糖の基準を低値にとり、薬物治療をしている場合も含む点である(文献3)。 表3 IDFのメタボリックシンドロームの診断基準
G)日本内科学会および関連学会の診断基準(2005) 日本人は欧米人と比較して過食により肥満になりやすいなどの人種的な差異が存在し、NCEP-ATPVの研究結果をそのまま我が国で用いることには疑問があった。 このため2005年4月に日本人に適合したメタボリックシンドロームの診断基準を日本動脈硬化学会、日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本肥満学会、日本循環器学会、日本腎臓病学会、日本血栓止血学会と日本内科学会が共同で本邦における診断基準を発表した。 診断基準では、内臓脂肪蓄積を臍部の内臓脂肪面積100cu以上と定義して、実用的にはウエスト周囲径が男性で85p、女性で90p以上を必須項目とし、さらに、1)血清脂質異常、2)血圧高値、3)高血糖の3項目のうち2つ以上を有する場合を日本におけるメタボリックシンドローム罹患者と定義した(表3)。NCEP-ATPVとの差異は1)内蔵脂肪蓄積を必須としたこと、2)高中性脂肪と低HDLコレステロール血症をまとめて脂質代謝異常としたこと、3)脂質異常、高血圧、高血糖の3項目のうち2項目以上を保有する場合を本症候群としたことである(文献4)。 表4 内科学会関連8学会のメタボリックシンドロームの診断基準
H)厚生労働省の調査(2006) 平成18年5月8日、厚生労働省が調査結果を発表し、この時の診断基準(表4)は多少内科学会の診断基準とは異なっていた。すなわち、脂質異常で中性脂肪を省き、血糖値を用いずにヘモグロビンA1cを導入したこと、判定で予備軍と強く疑われる者の定義をした事にある。 表5 厚生労働省のメタボリックシンドロームの診断基準
厚生労働省の用いた診断基準で国民生活基礎調査の調査地区から40〜74歳までの無作為に抽出した解析では、男性では予備軍が26.0%、強く疑われる人が25.7%存在し、メタボリックシンドロームを考慮すべき人は合計51.7%、女性ではそれぞれ9.6%、10.0%、合計19.6%に達するという報告をした(文献5)。強く疑われる者がメタボリックシンドローム罹患者に相当するが、報道ではそれらの合計のみが強調され、さらにこの結果を踏まえて同省は40歳以上の保険加入者に対し健診と保健指導を義務づける方針を思案中であるという。 現在、メタボリックシンドロームの診断基準が複数提案され、やや混迷状態にあるように思われ、このため発表される有病率も様々である。米国、福岡県久山町、厚生労働省の疫学調査を用いた各種の診断基準による解析結果の違いを表6にまとめた(文献6)。 表6 メタボリックシンドロームの定義による有病率の違い
おわりに メタボリックシンドロームの出現頻度は判定項目の選定や基準値により、有病率が大きく異なり、わが国における現在の診断基準が適正であるか否かを含めて議論されている状況である。例えば、腹囲の基準を男性90cm以上、女性80cm以上とするのが適正であるとする意見もある。診断基準を厳しくすれば有病者は増し、基準範囲をゆるく設定すれば対象者数は少なくなるため、日本人における各項目の適正な基準値の設定が求められている。内蔵脂肪蓄積よりもインスリン抵抗性が主な背景因子であり、危険因子の選択に疑問を唱える研究者も存在する。また全体的に成因的基盤が明らかでないなど様々な問題が学会内で噴出している(文献6)。 これまでメタボリックシンドローム関連では多くの学説や診断基準が提案されてきたが、要約すれば虚血性心疾患の危険因子として確立された因子は高血圧、糖尿病、低HDL血症、高中性脂肪、高LDL血症、喫煙、家族歴、年齢であり、今後さらに研究を要する危険因子として肥満症、高レプチン血症、Small dense LDL血症、レムナントリポ蛋白、食後高血糖、微量アルブミン尿、凝固系マーカー(フィブリノーゲン)、PAI-1、炎症マーカー(高感度CRP)、Lp(a)、ホモシステインなどが考えられている。 最近の予防医学はメタボリックシンドロームの早期発見と予防により、3大死因(悪性新生物、心疾患、脳血管疾患)のうち、動脈硬化に起因する虚血性心疾患と、脳血管疾患、特に脳梗塞を予防することが目的である。すなわち動脈硬化の予防には学問的に確立したLDLコレステロールの正常化に加えて、解釈に多少の混乱はあるが、メタボリックシンドロームの危険因子数をいかに減少させるかが大切であることに変わりはない。 健康に対する意識の向上、健診結果の正しい解釈と理解、健診結果に基づく各人に適した事後指導と生活習慣の改善、さらに精神面でのカウンセリングなど、生活の質の向上が個人に対して、また、社会的にも求められる重要な時代に入ってきたと見なすことが出来る。 文献 1) Framingham Heart Study: http://www.nhlbi.nih.gov/about/framingham/ 2) JAMA 285:2486-2497,2001. http://www.nhlbi.nih.gov/guidelines/cholesterol/atp3xsum.pdf 3) The IDF consensus worldwide definition of the metabolic syndrome http://www.idf.org/webdata/docs/IDF_Metasyndrome_definition.pdf 4) 日本内科学会雑誌 93: 2004 5) 平成16年国民健康・栄養調査結果の概要について:メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の状況を中心に。 http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/05/h0508-1.html 6) 日本内科学会雑誌 95:Supplement 78-82, 2006 第103回日本内科学会講演会:シンポジウム:メタボリックシンドロームの臨床 その他特集号として 7) 日本医師会雑誌 131: 2004 8) 日本内科学会雑誌 94: 2005 9) 成人病と生活習慣病 35: 2005 10)Medicina 42: 2005 平成18年6月 (平成18年度宮城県教育委員会職員安全衛生管理の概要:宮城県教育庁福利課へ投稿) |
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Dr.Tessie |
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