「メタボリックシンドローム」と冠動脈疾患 |
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| はじめに 最近の日本人は身体的にも精神的にも欧米化してきたと感じることがしばしばである。50年くらい前までの日本人の死因は結核、肺炎、脳血管疾患が主体であったが、最近では悪性新生物(がん)、心疾患、脳血管疾患、が三大死因となっている。欧米では死因の第一位は心疾患であり、これをいかにして減少させるかが、つねに予防医学の最大の課題となってきた。日本においては、現在、悪性新生物と心疾患が増加して、脳血管疾患は減少し、死因からみた疾病構造は欧米型に移行していると言える。長い人類の進化の過程において、これらの病態の移り変わりが、わずか50年程度で遺伝要因を大きく変えたとは考えがたく、環境要因、すなわち生活習慣因子と外部環境因子により、疾病構造が変化してきていると考えるのが理にかなっている。 心疾患の増加はどのような事に原因しているのであろうか。生活習慣病の主役である心疾患は50-60%の環境要因、すなわち生活習慣因子としての栄養、運動、休養、喫煙、飲酒などに関連し、外部環境因子としてはストレス、環境汚染、気候、地理的条件などが取り上げられる。 心筋梗塞や脳梗塞、脳出血は動脈硬化が原因であるが、それらの危険因子として高脂血症(高コレステロール血症)、高血圧、喫煙、糖尿病の4大危険因子と考えるのが一般的である。それらの複数の危険因子が組み合わされ、相乗的に作用して動脈硬化を生じさせ、ひいては心血管疾患を発症させることをsyndrome X、死の四重奏、インスリン抵抗性症候群、内臓脂肪症候群などと呼ばれて、これまで予防医学や臨床面で一般的に用いられてきた。 しかし、研究が進むにつれ、最近では動脈硬化の成因は、高LDL(悪玉)コレステロール血症、すなわち動脈硬化を直接引き起こす因子と、LDLコレステロール以外の動脈硬化の病態に関連する因子をメタボリックシンドローム(代謝症候群)として説明されるようになってきた。 動脈硬化とLDLコレステロール 現在、高LDL血症は単独の因子として動脈硬化を進行させる主役として考えられ、血管壁にLDL(悪玉)コレステロールを供給して沈着する。高脂血症、喫煙、高血圧、糖尿病などの危険因子が血管壁の内皮細胞を障害し、その障害部位からLDLが血管壁内に侵入して、動脈硬化を促進させると考えられている。また、粒子径の小さなsmall dense LDLは動脈壁に侵入しやすく、酸化を受け血管の内皮細胞を障害し動脈硬化発症の引き金となっている。けれども、動脈硬化の原因となるLDLコレステロールのみを改善しても冠動脈疾患(狭心症・心筋梗塞)の予防効果は充分でなく、たかだか30-40%であり、それ以外はメタボリックシンドロームと名付けられた症候群が関与し、その予防と治療が重要であると考えられる。 動脈硬化とメタボリックシンドローム 2001年に米国、National Cholesterol Education Program (NCEP) Adult Treatment Panel V (ATPV)から冠動脈疾患を発症し易い独立したひとつの疾患としてメタボリックシンドロームが提案され、以下の診断基準が提示された。 診断基準は1)腹部肥満すなわち内臓脂肪の評価として腹囲 男性>102cm 女性>88cm 2)空腹時HDLコレステロール 男性40mg/dl未満 女性 50mg/dl未満 3)空腹時中性脂肪 150mg/dl以上 4)血圧 130/85mmHg以上 5)インスリン抵抗性の指標として空腹時血糖110mg/dl以上、の5項目のうち3項目以上を満たすものを動脈硬化による心血管疾患の危険因子の集積としてメタボリックシンドロームと定義した。 米国ではメタボリックシンドロームに該当する人は25~26%も存在し、それらの人々が10年の間に心血管疾患を発症する予測値は12%、他方、該当しない人の発症リスクは1.6%と計算され、メタボリックシンドロームに罹患している人は心疾患になるリスクが7.5倍高率であると報告された。またメタボリックシンドロームは正常耐糖能者の10-15%、耐糖能低下の人の40-60%、2型糖尿病の約80%にみられ高頻度の疾患であるといえる。日本の疫学調査ではメタボリックシンドロームの頻度は24.4%と欧米に近い値を示すという報告もなされている。 それらの危険因子は単独では無症状であることが多いが、それらが重積すると年齢と共に動脈硬化が進行し、冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞)や脳血管疾患(脳卒中)を発症して致命的な状態になることが問題である。また、危険因子数が増すほどに動脈硬化の進行が速くなり、突然の発症や死に結びつくことも稀ではなく、その予防と治療の重要性が強調されている。 また1999年に類似の定義がWHOから提案されているが、ATPVとの違いは2型糖尿病の早期発見に重点を置き、微量尿蛋白を診断基準に取り入れている点にある。 人種間の違いも重要で、たとえ同じアジア人でもインドでは糖尿病、マレーでは肥満、中国では高脂血症の頻度が高いといわれている。米国のメタボリックシンドロームの基準値をそのまま日本人に適用することには疑問が残り、いまだに統一見解が得られていない。このため日本肥満学会、日本動脈硬化学会のガイドラインに従って基準値を変更して研究がおこなわれているのが現状である。表1に日本人のATPVの診断基準を示す。 表1 Metabolic Syndromeの診断基準(日本人の場合)
ATPVの基準値の一部を日本人の場合に変更。 1)肥満と脂肪細胞 肥満の成因は遺伝30%、環境70%といわれている。身体中の脂肪細胞の数は成人ではほとんど変わらず、脂肪細胞の中には中性脂肪のかたまりである脂肪球があり、これが正常以上に増加して脂肪細胞が肥大した状態が脂肪細胞肥大型肥満である。腹膜や肝臓などに沈着する脂肪細胞、いわゆる内臓脂肪がメタボリックシンドロームに大きな影響を及ぼしている。脂肪組織の重量は正常者でも体重の10-20%、肥満者においては40-50%にもなり、巨大なひとつの臓器と見なすことができる。最近の研究によるとその脂肪細胞は単なる脂肪を蓄える細胞ではなく、アディポサイトカインという生理活性物質すなわち分泌蛋白を産生し、インスリン感受性や糖・脂肪代謝さらには血圧の調節にまで関与し、脂肪細胞自体がインスリン抵抗性やメタボリックシンドロームの発現を規定し修飾していると考えられている。現在、アディポサイトカインには血栓形成に関係したPAI-1(Plasminogen Activator Inhibitor ?1)、肥満、摂食、耐糖能と関わりの深いレプチン、インスリン抵抗性を引き起こすTNF(Tumor Necrosis Factor)―α、動脈硬化、高血圧、インスリン抵抗性と関連するアディポネクチンなどが解明され、脂肪細胞はメタボリックシンドロームの本質に関わると言っても過言ではない状況となった。 2)高脂血症 HDL(善玉)コレステロールは動脈硬化巣からコレステロールを引き離し、肝臓へ運ぶ作用を有し、抗動脈硬化作用を担っている。 中性脂肪の原料は摂取した糖質と脂質であり、おもに肝臓と脂肪組織に蓄えられる。糖質(ブドウ糖)はインスリンの影響を受けて肝臓に中性脂肪となって蓄えられ、さらに肝臓から放出されて脂肪細胞内にふたたび中性脂肪となって貯蔵される。また、糖質が直接インスリンの作用を受けながら脂肪細胞に取り込まれる代謝経路も存在する。食物の脂肪は酵素の働きで分解されて脂肪細胞に中性脂肪のかたちで蓄えられる。動脈硬化の発症機序と中性脂肪の関連は未だ充分に解明されていないのが現状である。 3)高血圧 高血圧症の治療目標値をかなり厳しく設定することによりメタボリックシンドロームを予防することができる。メタボリックシンドロームの人に発症する冠動脈疾患は血圧を正常化させることにより、男性の28%、女性で13%に予防することが可能であるといわれている。生活習慣の是正による収縮期血圧の低下は、減量で5-20mmhg/10Kg、食事で6-14mmHg、減塩で2-8mmHg、運動で4-9mmHg、達成することができるという報告もなされている。 4)インスリン抵抗性 インスリンは膵臓から分泌され糖代謝や脂質代謝に関連しているが、その重要な働きは血糖値を一定に保つことにあるが、インスリンによる血糖降下作用が低下した場合をインスリン抵抗性という。インスリン抵抗性が生じた状態では、骨格筋、脂肪細胞、血管内皮細胞などのインスリン受容体の働きが低下して、ブドウ糖の細胞内への取り込みが抑制され、肝臓でのブドウ糖放出が促進されている。膵臓から分泌されるインスリンは血糖を下降させるため代償性に増加して高インスリン血症となる。さらに進行すると膵臓のインスリン分泌能力の低下ないしは枯渇が生じて、血糖値が上昇し、いわゆる生活習慣病に起因する2型糖尿病へ推移する。その結果、糖質の処理能力の低下、脂肪代謝異常、血管の弛緩反応低下による血圧上昇などが生じてくる。この状況になるとインスリン抵抗性を基盤とした、メタボリックシンドロームの危険因子がつぎつぎと誘発され、放置すれば動脈硬化症となり、ついには冠動脈疾患や脳血管疾患の発症に至るものと考えられる。 5)遺伝、その他の因子 メタボリックシンドロームの発症には遺伝的に3−4個以上の互いに独立した病態が関与し、複数の遺伝子がその発症にかかわる複合遺伝形質と考えられている。 そのほか最近の知見によれば動脈硬化の要因として慢性的な炎症や血栓形成が背景に潜んでいるともいわれ、また自律神経のアンバランスがメタボリックシンドロームに関与している可能性が報告されている。 おわりに メタボリックシンドロームはこれまでの単独の因子が重複して動脈硬化を発症させるという概念を、メタボリックシンドロームというひとつの疾患概念を定義して、総合的に把握し、動脈硬化症に対処することに意義があると言える。 あたかもドミノゲームのように生活習慣の乱れというひとつの駒が倒れると、肥満を誘発し、それがインスリン抵抗性となり、年月を経るに従い食後高血糖、高血圧、高脂血症を発症させる。この時点より大血管障害が引き起こされ、進行すれば脳卒中や痴呆、狭心症や心筋梗塞に至る。これと同時に2型糖尿病が発症して、細小血管障害が出現し、糖尿病性腎不全、網膜症、神経障害を合併してくる、このような時間的な流れをメタボリックドミノと名付けている。 2000年におこなわれた日本人の血清脂質調査では10年前と比較して、30−50歳代の中性脂肪、糖尿病の著しい増加がみられ、メタボリックシンドロームの有病者が増加していると推察されることから、10−20年後の日本における心血管疾患の増加が危惧されている。 定期健康診断結果を参考にして、とくに40歳以上の年齢ではメタボリックシンドロームを早期に発見し、適切な事後指導のもとに生活様式の改善をおこない、それでもなお改善が困難な場合には早期にインスリン抵抗性改善薬、高脂血症薬、降圧剤などによる治療を開始すべきであると結論される。 参考資料 1)JAMA 285:2486-2497,2001. http://www.nhlbi.nih.gov/guidelines/cholesterol/atp3xsum.pdf 2)日本内科学会雑誌 93: 633-755, 2004 3)日本医師会雑誌 131: 173-205, 2004 |
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Dr.Tessie |