未来医療


 応接室かと間違えそうな診察室で、宇宙服のような白いユニフォームを着た医師と同じデザインのピンクのユニフォームを着た看護婦が無表情で座っています。
 コンピューターの画面で消化管の検査の説明がはじまりました。直径2ミリ、長さ3センチの光る物体がにょろにょろと動いているところが映し出されています。説明によると原理は糸ミミズの生体を応用したという器械で、特殊合金で作られ、食物や便のなかでも自由に動きまわることができます。これを飲み込むと先端に付いている感知装置で食道、胃、小腸、大腸と順番に調べて、約8時間で消化管の癌の病変を探し出して治療することができます。
 さらに詳しい説明によると、糸ミミズ装置の先端には、これもナマズの器官からヒントを得たという、わずかな電圧の差を感知する装置が付属し、細胞分裂の盛んな癌病巣のわずかな電圧の変化を検出します。そして先端についている蚊の口ばしを応用した小さな注射器で病巣部に癌を抑制する遺伝子を注入して治療をしてしまうことができるそうです。
 おじいさんの時代には食道と胃、十二指腸を調べるときは、食事をせずに胃カメラを入れられたそうです。大腸検査では大量の下剤を飲まされ、その上、浣腸をかけられて腸の中をきれいにしてから、残酷にも、おしりからカメラを入れて検査をしたといいます。曾おじいさんの時代には、カメラもなく、どろどろしたバリウムを飲まされて、胃や腸の検査をして、診断の結果も曖昧なところがあって大変だったと聞いたことがあります。
 画面に質問はありませんかと表示され、コンピューターが同じことをしゃべっています。良くわかったような、わからないような気がします。わからないところは聞いて下さい、とコンピューターの画面がぴかぴかと光ってせわしく催促しています。「飲み込む時は大変ですか」、丸めて小さくして飲めるので、食事ができる人ならば大丈夫です。「合併症などの問題な点はなんでしょうか」、特に大きな問題はありませんが、人によっては腸の中があまりにも住み心地が良いとなかなか出てこないことがあります。そのような場合には外部から磁気の信号を送り、いったん糸ミミズの動作を止めてしまいます。この器械は磁気の影響を受け易いので、身体の中にあるうちは強い磁石のそばにいつたり、曾おじいさんの持っている、ピップエレキバンなどは身体に付けないで下さい。「こんな簡単なことで癌がわかって本当に良くなるのでしょうか」、よく聞いてくれました。もっともな質問です。やけにわかったような言い方をするコンピューターです。早期の癌はほとんど完全に退治することができますが、癌が大きすぎる場合や、癌と正常組織の境目の場合には、治療が不完全だったり、誤りがでることがあります。お金はかかりますが繰り返して治療すればこの問題は解決します。そのほかに質問がなく、この検査あるいは治療を理解して納得されたならば、あなたの同意したことを医師に表明して下さい。
 夢のような気もしたが、簡単そうなので受けてみようかと思った。医師に同意すると話すと、ピンクのユニフォームの看護婦が眼鏡のようなものを医師に手渡した。医師はやはり無表情で、昔の印鑑や署名のかわりに虹彩で同意の確認をとりますがよろしいですか、と事務的に言った。

 昔、IT革命などと呼ばれる時代を教科書で習った気がする。こうも論理的にさばさばと処理されると、病気かなと悩んでいた、もやもやした気持ちのぶつける場がなくなってしまう。確かに自分の病気は自分の責任で治さなければならないが、昔気質の私には医師や看護婦はまるで同意をとるためにいるような気がしてくるし、病気は器械の故障のような単純な話になってしまう。良いことなのだろうか。科学や医学の進歩だし、きっと正しいことに違いない。

 Dr.Tessie